「漫画学科のない大学」1巻―東大生の戦略的まんが道(脳内女子高生付き)

大学受験を経験した人ならば馴染みのある「赤本」。その特徴的とも言える体裁をパロったカバー。

ゆずチリさんの「漫画学科のない大学」1巻です。

作者のゆずチリさんは、東京大学出身の漫画家さん。在学中から漫画家を目指していたゆずチリさんの、半自伝的(?)な物語が描かれます。

サンデーうぇぶり | ページが見つかりません

連載はサンデーうぇぶり。試し読みもできます。

「くずチリ」と脳内女子高生

「漫画学科のない大学」は、「漫画家を目指す男が大学に通いつつ漫画家を目指す」という漫画。ただ大学は大学でも、「東京大学」というところがミソ。

主人公は、新・東大生「くずチリ」。東大に入りさえすれば後は好きにしていい、という高校の先生の言葉通り、勉強する気はほぼゼロ。

就活も一切しないと決めており、漫研(サークル「東大まんがくらぶ」)に入り、あとはひたすら漫画家を目指します。

その傍らに常にいるのは、「女子高生」。大学なのに常に制服を着ている、くずチリの脳内にいる名もなき「脳内女子高生」です。

脳内女子高生は、漫画内に特段の説明もなく普通に描かれます。他の人には見えないけど、くずチリとはコマ内で普通に会話をする「スタンド」的存在。

彼女がくずチリの生活や漫画に対する姿勢に質問したり、ツッコミを入れることで、テンポよく漫画が進む。漫画内の潤滑油的な役割を果たします。

よくよく考えると異様なんだけど、それが普通に描かれるので普通に見える(笑)。

漫画学科のない大学(1) (サンデーうぇぶりコミックス)ゆずチリ:小学館

漫画家になるための戦略

さて、この「漫画学科のない大学」。基本的にはくずチリの「大学+漫画」生活が淡々と描かれるだけなので、物語として見ると大きな盛り上がりにやや欠けます。

が、そこで描かれている内容、くずチリが実践する「漫画家になるための戦略」は、とても興味深いものが。

雑誌でも読まれる漫画と読まれない漫画があり、その差は「目にとまるかどうか」。では目にとまるためにはどうすれば良いか、を考えたり。

漫画新人賞を大学受験(A~E判定みたいなの)になぞらえて、自分の実力と賞を取るための合格点を測ったり。

あとは「漫画家になるための寄り道はなるべく少なくしたい」と、バイトや(漫画以外の)サークル参加をしなかったり、というポリシーとか。

「目的」と「それに到達するための手段」を考え、そしてそれを実行する力。

おそらく漫画の道を目指す人の多くが失敗するであろう部分を、若い時分から克服しているのはさすが東大生、というのが素直な印象です。

忍者シノブさんの純情(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)ゆずチリ:小学館

ちなみに作者のゆずチリさんは東大在学中に、実際に「忍者シノブさんの純情」で漫画家デビューを果たしています。スゴイ。

戦略を実践しているメタ構造

そしてこの物語の中で重要な役割を果たしているのが、名もなき脳内女子高生。

実は彼女こそが、ゆずチリ(≒くずチリ)さんの漫画戦略の実践そのものである、というのがユニーク。

第2話でくずチリは、漫画は読者の目にとまるかが重要、と語ります。しかしてその方法は?というのは、途中で終わって示されない。

が、この「漫画学科のない大学」に「女子高生が不自然だけど当たり前に登場している」こと自体が、まさにその戦略の実践になっている。

女子高生が登場しなければ、他にも多少の女の子は登場しているけど、おそらく相当地味になるであろう内容。

しかし全編に渡ってスタンド的に女子高生、というかカワイイ女の子を配置することによって漫画が華やぐ。

例えば上記、ゴリラ先輩との会話シーン。ただの先輩男性と後輩男子の野暮な会話が、女の子を配置するだけで何と輝きを放つことか。

各話の扉絵もすべて女子高生。時にはサービスカットもあり。否が応でも男性の目を引きます。

頭いい!(笑)

このスタンド的女子高生は、読者の目を引きつけ、かつ漫画に華やかさを付加する、まさに悪魔的発明と言っていいでしょう。

そしてこの、「漫画家のない大学」で漫画を目指す青年が漫画家になるために考えていることをすでに漫画内で実践しているという、メタ的な構造。

個人的にはこれこそが、この漫画の壮大な「ネタ」加減というか、おもしろみを感じる部分です。カバーデザインが入学を目指すための「赤本」を模しているのも、洒落が効いています。

まとめ

以上、ゆずチリさんの「漫画学科のない大学」1巻。ちょっと変わったおもしろみを感じる漫画でした。

そもそもゆずチリさんを知ったのは、twitterに流れて来た漫画から。

ゆずチリさんのtwitterアカウントで公開されている数ページの漫画や、

Webメディア「くらげバンチ」で連載されている「姫乃ちゃんに恋はまだ早い」を読んで、気になっていた漫画家さんでした。

姫乃ちゃんに恋はまだ早い - ゆずチリ / 第1話 | くらげバンチ
相川姫乃、小学4年生。同級生の逢司くんに、恋心を抱いているもののなぜか気持ちがうまく伝わらず――…。ちょっと“おませな”ラブコメディ開幕♪

これらを読んで感じたのは、人の心のツボを押すのがウマイな、というか、いい意味での「あざとさ」。

その源流が「漫画学科のない大学」で描かれる半自伝的な内容にあるかと思うと、なるほどの納得感。

漫画でも、その他のエンタメでも、はたまた様々な業種でも、生き残り・頭角を現していくためには、戦略が必要である。そんなことをつくづく思わされた作品です。

…べ、別に女子高生に惹かれて読んだんじゃないんだからね!

コメント