「ミツコの詩」1巻―読まれない詩に意味はない!

「詩」と言えば私は谷川俊太郎さんの「朝のリレー」が好きなんですが、それはさておき。

大人になるとなかなか「詩」に触れる機会もないもので。

そんな詩の世界を熱く表現した漫画「ミツコの詩(うた)」を読みました。

作者は榎屋克優さんで連載は小学館ビッグコミックスペリオール。現在1巻が発売中です。

スポンサーリンク

あらすじ

高校の国語教師・吹抜(ふきぬけ)は元詩人。

学校の図書室に自著である詩集を置くも、誰も見向きもしない現状に苛立ちを募らせる。

そこに現れた転校生・君早光子(きみはや・みつこ)。

彼女は教室の黒板に、駐車場の車に、そしてトイレの壁に、自身の詩、熱き魂の叫びを書き殴る。

吹抜の詩が大嫌い。彼女は言う。

「捨てるぐらいなら、みんなにさらけ出した方がマシ」

読まれなければ詩じゃない、という光子の主張を認めず、本の中の言葉こそ「詩」である、という姿勢を崩さない吹抜。

風俗でウサをはらす彼は、成り行きから嬢と「詩のボクシング」というイベントへ。

そこにはリング上で詩を表現する光子の姿。

彼女の圧倒的なパフォーマンスに、吹抜の心が震える―。

[PR]

漫画のまとめ買いならeBookJapan
公式:マンガ全巻まとめ買い!

「ミツコの詩」1巻感想

ミツコにより崩される世界

まず感じるのはミツコの圧倒的な存在感。

黒髪のロングヘアーに切りそろえられた前髪。その表情に浮かぶ頑なさ。

そして誰をも恐れない、迫力のパフォーマンス。

対照的なのは主人公・吹抜。

自分の殻を破れず、自己の世界を肯定することでささやかな満足を得てきた中年男性の姿。

あれっ、何だか胸が痛い…(笑)。

しかしミツコという黒船によって吹抜の世界が崩れ、そしてそこから変わろうと足掻く背中。嫌いじゃない。

ある程度の年齢に来ると刺激も少なくなり、構築した世界観から脱却できないこともありますが、吹抜が見苦しく、しかし己の弱さから脱皮しようともがく姿にカタルシスを感じます。

詩への理解が必要?

しかし読み進めてくると、ある違和感が。

それは作品に対してではなく、読者である私自身の「詩」に対する理解について。

ミツコは吹抜の詩に対する姿勢を批判し(彼の詩そのものは一部認めている)、吹抜自身は「詩とはこうあるべき」という価値観を持っている。

それらに対して読み手(私)の「詩に対する理念」があやふやなために、吹抜の姿を否定し、「ミツコの表現している詩」に乗っかってしまっていいのか?という恐れを感じました。

ミツコの姿勢・パフォーマンスは肯定されてもその対極が吹抜なのか、正直判断がつきかねる部分が。

「アート」をテーマにした漫画というのは、読み手の資質も問われることがあるので難しいですね。

あと「ミツコはどのようにすごくなったのか」というバックグラウンドの描写があると、詩のド素人にはありがたかったかも。

1巻ラストでは一区切り付いているようですが、2巻分ぐらいのスペースでじっくり読みたかったところ。

スポンサーリンク

まとめ

そんな「ミツコの詩」1巻。

中年としては耳の痛い話でもあり、ミツコ、そして吹抜のもがく姿に心が揺さぶられるものがあったのも事実。

少しずつ輝きを取り戻す吹抜に光を見ました。

最近燃えるものが無い…なんて鬱屈を抱えている方に、手にとっていただきたい漫画です。

漫画データ
タイトル:ミツコの詩(1) (ビッグコミックス)著者:榎屋克優出版社:小学館発行日:2017-04-28