ドラマティックな「戦い」を描いた短編集「ヒューマニタス」で、鮮烈なデビューを飾った山本亜希さん。その初・長編作品「賢者の学び舎 防衛医科大学校物語」は、「防衛医科大学校」という、耳慣れぬ世界を描く青春ストーリーです。
カバーで凛々しい姿を見せるのは、主人公・真木賢人(まき・けんじん)。左手に医学書、右手にアイロンをかざす彼。…なぜアイロン?
あらすじ
誰の力も借りずに医者になる、という固い気持ちを抱く主人公・賢人。選んだのは「防衛医科大学校」。
6年間の学費だけで、3,000万円が必要となる私立大学と比べ、「医官」(自衛隊所属の医師)になることが前提の防衛医科大学ならば、最低限のコストで医者になることができる、というのが入学の理由。叔父・叔母の下から離れ、防衛医科大学校の門をくぐる。
しかし入寮した彼を待っていたのは、父親と再婚したという謎のイラン人少女・伊奈波ハナレだった。
同じく防衛医科大学校に入学した、というハナレと6年間、同級生として過ごすことになる賢人。果たしてどのような学生生活が待っているのか―。
未知の世界「防衛医科大学」
以上が「賢者の学び舎 防衛医科大学校物語」の主なストーリー。以降、全寮制の防衛医科大学を舞台に、賢人たちのやや異色な「医療への道」が描かれます。
話のキモは、何と言っても「防衛医科大学」という特殊な舞台。防衛医科大学には、自衛官を要請する防衛大学と同様、「任官義務」があり、卒業すると「医官」として9年、自衛隊に任官する必要があります。
仮に任官を拒否した場合は、約5,000万円の返納義務があるとのこと。厳しい!と思うかもしれませんが、かかったコストやその役割を考えるとさもありなん、です。
また医者を目指す学生たちは、同時に自衛官となる存在。単に医学を学ぶだけではなく、極限状況においても働けるよう、強靭な肉体と精神の鍛錬が求められます。
それゆえ、通常の医科大学では考えられないハードな学生生活。賢人たち新入生は、教官だけではなく、一癖も二癖もある先輩たちにしごかれることに。
自衛官として恥ずかしくない身なり求められる新入生たち。制服にシワが少しでも寄っていると、プレスのやり直しを何度でもさせられます(カバーのアイロンはそういうこと)。
そんな中に飛び込んだ賢人。クールな性格ですが、理不尽な命令に反発したり、脱落しそうになる仲間を心配したり。少しずつ成長・変化を見せていきます。
「ヒューマニタス」で骨太のドラマを描いた山本亜希さんらしさがいかんなく発揮され、読み応えあり。ストーリーの運び方もスムーズでうまい。
少し気になる部分も
ただ1巻を読み終えて、いくつか気になったところも。
一つは義母であるハナレを登場させた意義が、もうひとつ感じられないところ。
彼女自身はとても良いキャラクターをしているのですが、ヒロイン的なポジションにしては、賢人とあまり絡まない。
1巻ということで防衛医科大学の何たるか、の描写に重点がいくのはわかるのですが、おもしろそうな設定が、もう一つ活きていない感じ。これだったら同じ役回りを、同級生の「男鹿きよか」に託しても良かったのでは。
もう一つ気になったのは、そもそも賢人がなぜ医者を目指すのか、がはっきりしないこと。彼自身はユニークなキャラクターなのですが、そこが描かれないので感情移入しにくいのが残念。
これらはおいおい描かれていくのでしょうが、1巻でもう少し掘り下げて、読者の心をグッと惹きつけて欲しかったところです。同じような体育会系ストーリーは他にも存在するので、設定で差別化できている「強み」を活かしてほしい。
まとめ
以上、「賢者の学び舎 防衛医科大学校物語」1巻のレビューでした。
何はともあれ、山本亜希さんの画力・ストーリー運びは、安定していてGood。あとはいろいろ盛り込んだ設定を、2巻以降で有効活用していけるか?でしょうか。次巻の盛り上がりに期待。
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