その独特な画法から産み出される、得も言われぬ世界。
森泉岳土(もりいずみ・たけひと)さんの漫画「うと そうそう」を読みました。
リアルのようなファンタジーのような、不思議な空間。柔らかな線が紡ぎ出すショート・ストーリー集です。
「うと そうそう」レビュー
概要
漫画「うと そうそう」は以下の15編を収録。
- 月立つ遠く
- 複数の足
- 甘い憎悪
- うつしき夢を
- つかんでお帰り
- 少年短信
- 色づくきざし
- 背きを望む
- フィーネ
- 川の終い・海の始まり
- 渋谷は工事中
- 悪い木の実
- 惑星少女
- 風は息づく
- 名前はいらない
単行本は光文社から全1巻が発売中です。
森泉岳土さんと言えば、水と墨・楊枝と割り箸を使って描く独特の画法を用いる作家さん。
こまかいところは爪楊枝や割りばしを使って、墨をのばしていきます。もともとは墨を水の端までいきわたるようにのばす道具として使ってましたが「これで線を引けるじゃん」と気づいて、ペン替わりにも使うようになりました。(つづく) pic.twitter.com/u3MjpK82m6
— 森泉岳土@「報いは報い、罰は罰」 (@moriizumii) 2017年10月11日
こちらは新作「報いは報い、罰は罰」の製作風景。
しかし本作は8Bの鉛筆一本で描かれているとのこと。他作品とはまた違う、アナログの柔らかさを感じます。
ちなみに本書の解説は映画監督の大林宣彦さん。森泉さんの義理のお父さんです。
やさしく、味わい深い15の短編
ほんとね。森泉作品を素人が文章で語ろうとすることほど陳腐なものはないんですが(笑)。
それでもあえて陳腐な言葉で語らせてもらえるとしたら、「実に味わい深い」。
今作は各話が鉛筆で描かれていますが、時に細く繊細、時に太く力強く、掠れ、やわらかに波打つ線の数々。
読むものの心をそっとなでるかのような優しさがあります。
絵からにじみ出る波動
人も、風景も、絵としてはかなり簡略化されている「うと そうそう」各話。
しかし不思議なことに、まず線を目でたどって物体を認識したあと、次に線と線の間にある空間、「余白」が気になってきます。
詩や小説でよく「行間を読む」のような表現が使われることがありますが、余白に「何か」が込められているような。
そしてそれを眺めていると、なんだか胸の中にジュワッと不思議な気持ちが湧き上がってきます。
詩を読む時、心をフラットにすると、文字と文字、行と行の間に込められたメッセージが浮き上がってくることがあります。
この「うと そうそう」も詩を読んでいるかのごとく、セリフとセリフ、線と空間から柔らかい波動が伝わってくる感じ。
線と文章が織りなす絶妙な雰囲気
流れるような線と文章の巧みさ、そこから紡ぎ出されるストーリーと空気感。
読むごとに違った発見があり、実に「味わい深い」。
こういう稀有な作品を手にとって眺めていられるというのは、漫画好きとして実に幸せなことです。
ちなみに「うと そうそう」の「う」は烏(う)、「と」は兎、「そうそう」は怱怱。
「烏兎怱怱」で月日の経つのが速いこと、の意だそうです。
なるほど、振り返ってみると、語り手の目はみなどこか遠くを見ている。
過ぎ去った日々を思い出すかのように。
まとめ
柔らかな線が紡ぎ出す15のショート・ストーリーが詰まった「うと そうそう」。
なかなか文章では伝わりにくいものがあるのですが、まさに「得も言われぬ(言葉では言い表せない)」魅力を持った作品。
ぜひ手にとって、その絶妙な雰囲気を楽しんでみてください。
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