このクセになる感覚は何だ…!横山裕一さんの「トラベル」。男三人の電車旅を無言・無音でひたすら描く漫画です。
発行はイースト・プレスで全1巻。カバー絵に描かれているような、楕円形の丸顔・鋭い目をした男たち「しか」出てこない、シュールな漫画です。しかしこれが滅法面白い…!
「トラベル」レビュー
横山裕一さんについて
漫画「トラベル」本編紹介の前に、作者である横山裕一さんについて。横山さんはもともと油絵画家だったそうですが、のちに漫画家に転身。2000年の商業誌デビュー以来、本作「トラベル」はじめ、「ニュー土木」などの漫画を発表されています。
物語性を放棄し、人工的で未来的な人物・風景を迫力ある擬音語とともにスピード感を持って展開していく独特の作風が高く評価されている。
というのがその作品の特徴。「物語性を放棄」って…!まあ実際に物語性を感じるかどうかは受け手次第、な作風ではあります。
また横山裕一さんの作風を知る上で興味深い記事がこちら。
2015年発刊「世界地図の間」当時の、イースト・プレス社によるインタビュー。その中から特徴的な部分を取り上げると、まず横山裕一さんの漫画には女性が登場しない。その理由が「技術的に描けないから」というのは潔い(笑)。
また作画の多くに「定規を用いている(らしい)」というのも特徴の一つ。インタビューでは「フリーハンドのところも多々ある」とありますが、作品を読めばわかるとおり、定規で描いたような直線的な線が印象的。コマの展開にスピード感を感じます。
「トラベル」で描かれる旅
そんな横山裕一さんの作風をふまえての漫画「トラベル」。男三人が電車(特急?)に乗り旅をする様子が、ひたすら、淡々と描かれます。
- 主体として描かれるのは男三人
- 作中にセリフは一切無し
- 擬音ほか、音に関する描写も無し
- 登場人物は全員男性
- 全編約200ページに渡り、乗降時以外は車中または列車に関わる描写
というのがその全内容。
そんな漫画、読んで面白いの?
と思われるかもしれませんが、これが実に魅力的。シュールなおもしろさがあります。
ぶっちゃけ、このおもしろさを文章であらわす事にはほとほと意味が無いと思われるのですが(笑)、せいいっぱい書いてみます。
まず目を引かれるのは、登場人物の奇抜なファッション。先述のインタビューにて奇抜な風貌について取り上げられていますが、このギャグにもオシャレのようにも見える髪型・服装。不気味さとおかしみが同居して、得も言われぬ引力が発生。見続けていると次第に目が離せなくなってくる。全員、徹底して無表情なのもそれに拍車を。
そして描かれる列車の旅。時に車内、時に車外の様子が描かれますが、これが特急、特に新幹線に乗ったことがある人ならば、電車あるあるな風景ばかり。
車内を進む三人に目を向ける人や、すれ違う人の視線。喫煙したり、シートに寝そべる人たち。売店で買い物をし、席に着く。
車窓から外に目を向けると、流れ行く風景。住宅、森、草原、川と橋脚、そして都市。時には別の列車とすれ違うことも。
外から列車を見る人々の視点も、唐突に登場。猟師、登山家、踏切待ちの人々、カメラ小僧、道路を走る車、通過駅で列車を見つめる人々、など。
雨や雷などの自然現象による光の変化なども織り交ぜ、多種多彩、これでもか!と電車にまつわるありとあらゆる表現を描く「トラベル」の世界。
気付くと、次はどんなものが描かれるのか、そして彼らは果たしてどこへ行くのか、が気になって仕方がなくなってくる。実に不思議!な魅力に満ちあふれています。
奇抜なファッションや独創的な表現力とともに「トラベル」の魅力となっているのは、何と言っても全編に渡って貫き通されるスピード感とリズム感。最初から最後まで、一定に保たれたそれを感じ始めると、ページをめくる手がもう止まらない。クセになるトリップ感があります。
百聞は一見にしかず
と、そんな感じでつづってきた横山裕一さんの漫画「トラベル」。文章による説明には悲しいほど意味がないので(泣)、試し読みなどでぜひその世界に触れてみてください。
起承転結のある漫画ではないので、王道のストーリー漫画が好きな人には、決して向かない作品。しかし彼らとともに電車に乗った人間だけが体験できる、不思議な世界がそこにはあります。
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