「MASTERキートン」とは、1988年から1994年にかけて「ビッグコミックオリジナル」に掲載された、浦沢直樹さんの漫画です。
主人公は、考古学研究者かつロイズ(イギリスの世界的な保険市場)のオプ(調査員)である、平賀=キートン・太一。
一見冴えない学者風のキートン。実はフォークランド紛争・在英イラン大使館人質事件で活躍した、SAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)のサバイバル・マスターだった!
…というキートンのキャラクターが魅力的な「MASTERキートン」。ほかにも歴史・軍事・ミステリー要素のつまったストーリーと、人情味あふれるエピソードの数々で人気を博し、現在も評価の高い人気漫画です。
私も小学館ビッグコミックス版・全18巻を今でも大切に持っていますが、その中からMASTERキートンのエピソード・ベスト10を勝手に選びました。
選出基準は「私がエモーションを受けたかどうか」ただ一点。異論は認める。
なお都合上、ネタバレを含みますのでご注意を。また「MASTERキートン Reマスター」のエピソードは含んでいません。
第10位「薔薇色の人生」
2巻よりCHAPTER6「薔薇色の人生」。
スイスにて、保険金を詐取して逃亡中の被疑者・アドラーと会うキートン。善行のために小切手略取を行い、マフィアからも追われる彼。短い時間の間に、1.5km離れた土地で小切手を換金できたトリックとは?
いきなり地味目の話で恐縮ですが(笑)、2巻収録の「薔薇色の人生」。
とある男が人生を賭けた小さな冒険、スイスの英雄、イタリアの貧富、ミステリー要素と、一話にヨーロッパの空気を感じさせるパーツが詰め込まれ、良い読後感。
ラストで、キートンの論文に感銘を受けた図書館員のセリフが印象的。オプとしてのキートンの優秀さはもちろん、学者としての顔も描かれた充実のストーリー。
夢は果たしました。これが私の薔薇色の人生です。(2巻P146より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」2巻より引用]
第9位「家族」
11巻よりCHAPTER8「家族」。
元・水泳競技の金メダリストであるノイマン。ドーピングで体はボロボロ、酒におぼれ、ユーゴスラビア難民と寝食を共にする自暴自棄の生活。
生きる希望を失い、死をも望む彼のもとに訪れたのは、かつてのライバルの依頼でノイマンを探しに来たキートンだった。
ドイツにあふれるユーゴスラビア難民。それを迫害するネオナチ。ドーピングで身を崩した旧社会主義国の英雄。20世紀末のヨーロッパの風景が詰まったエピソード。
今では各種世界大会におけるドーピングの検査は、かなりきつくなりました。が、当時はこのような「作られたヒーロー」が相当数存在していたのでしょう。
そんな汚れた英雄が、自らの居場所を見つけるまで。
家を見つけたんだ。一緒に生きていく家族を…(11巻P208より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」11巻より引用]
第8位「緑のフーガ」
10巻よりCHAPTER2「緑のフーガ」。
チェコスロバキアで、ナイフを持った青年にカージャックされるキートン。産業廃棄物の投棄を暴く帳簿を持つ彼は、それを狙う三人組に追われていた。
紙でできていると揶揄される、東独の粗雑な乗用車「トラバント」で逃げる二人。「狩りが生きがい」と豪語する元軍人のハンターに、やがて追い詰められ…。
環境汚染の告発書類を守るために、大気汚染で悪名を馳せる「トラバント」で逃亡する、という構図がおもしろい。
トラバントの手動ビームや、車体の軽さを活かした逃亡劇、手近にある道具を利用してトラップに仕立て上げるサバイバル術など、東欧事情とキートンのサバイバル・マスターとしての能力が絡み合った良作。
狼だ…。あの男は狼だ。(10巻P49より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」10巻より引用]
第7位「小さな巨人」
3巻よりCHAPTER2「小さな巨人」。
元ヤード(ロンドン警視庁)の腕利き刑事部長で、「小さな巨人」と字されるピトック。彼率いる西ドイツの賞金稼ぎチームは、目標の周囲をうろつく目障りなキートンに接触。
依頼により目標を自首させたいキートンと、目標の背後に潜む大物を捉えたいピトックは、互いに反目する。その最中、仲間が拉致されたピトックは、キートンと手を組んでアジトを強襲することに。しかしキートンは予想外の行動を取り…?
犯罪者を独自にとらえ、警察に引き渡すことで賞金を受け取る、ヨーロッパの賞金稼ぎチーム。キートンが主体ではなく、ピトック側の目線で描かれるエピソード。
プロである彼らからはキートンがアマチュアに映るが、実はキートンこそが「プロ」であることを知っている、という読者のカタルシスを、実に気持ちよく満たしてくれる一作。
キートンはプロで… 我々は、とんだアマチュアだったってわけさ。(3巻P53より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」3巻より引用]
第6位「貴婦人との旅」
2巻よりCHAPTER1「貴婦人との旅」。
国境を超えるヨーロッパの鉄道に乗るキートン。そこで出会ったチェコの貴族と主張する横柄な老婦人は、パスポートも金も持たない身だった。
成り行きで彼女に関わったキートンは、車内で行われる入国審査にパスできるよう、一計を案じる。
しかしその経歴が嘘だと見抜いたキートン。その事を問うと、彼女から別れ際に一つの宝石を渡される。それを鑑定した結果、老婦人にまつわる衝撃的な事実が明らかにー。
数多くの悲劇を産んだドイツの東西分断。それを「物語の真実」に練り込んだ良エピソード。
前半は老婦人の態度にイライラ(笑)。しかし後半の数ページでその印象がガラリと変わる。実にドラマチックな構成が印象深い。
それにしてもキートンはあの後、宝石をどうしたんだろう?気になる…。
あなた… お礼を言ってもらいたいの?(2巻P22より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」2巻より引用]
第5位「屋根の下の巴里」
3巻よりCHAPTER1「屋根の下の巴里」。
パリにある廃校寸前の社会人学校で、臨時講師として壇上に立つキートン。訪れた娘の百合子に、大学時代の恩師であるユーリー・スコット教授の思い出を語る。
ロンドン大空襲を受けた後でも授業を続けた、という伝説を持つ教授の思いを胸に、キートンは最後の授業で聴講生たちに学ぶことの意義を説く。
キートンの学問への熱き思いをひしひしと感じさせてくれる、オプとしての活躍とは対象的なエピソード。
SAS入隊以前の、学生結婚をした頃の若き姿や、百合子との静かな会話にも注目。人間はなぜ学ぶのか?という問いに対するメッセージも心に響く。
MASTERキートンという物語の、根っこを形成するピースの一つであるエピソード。
さあ諸君、授業を始めよう。あと15分はある!(3巻P18より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」3巻より引用]
第4位「死の都市の蠍」
8巻よりCHAPTER4「死の都市の蠍」。
「カルーンの鷲」と恐れられる、イラク軍・大統領護衛師団のラジー少将に追われる、英王室のノーフォーク公。彼を守るために、イラク国内に潜入したキートン。
重度の糖尿病であるノーフォーク公に、残されたインシュリンはあと僅か。カルーンの鷲は、キートンたちを戦車でキリスト教寺院に追い詰め―。
8巻CHAPTER1からCHAPTER5まで続く連作の第4話。「地上最強の武器」である戦車VS生身の人間の戦いが描かれます。
熱砂の中、ジリジリとノーフォーク公を追い詰める戦車。それに対抗できるのは、キートンのサバイバル技術のみ。
イラク戦争という、当時一番身近にあった戦争が背景、というのは実にドラマチックでした。そして印象的なのは、ノーフォーク公の最後のセリフ。
今、この瞬間だけでも生きてることを喜ぼうじゃないか…(8巻P106より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」8巻より引用]
第3位「出口なし」
7巻よりCHAPTER8「出口なし」。
イギリスの湖水地方で、義賊「怪盗ケンドル」を移送するキートン。車を用いず、底なしの湿地「ボグ」に隣接する一本道を歩くルートを選択。
実は裏で財閥とつながっていたケンドル。それを知らずに彼を支持する一般民衆は多く、道中で様々な妨害を受ける。都度のピンチを「ハッタリ」で切り抜けてきたキートンだが、やがてボグに追い詰められて…?
銃に関する様々な「思い込み」が、随所に散りばめられたおもしろいエピソード。
銃口に指を突っ込むと暴発するのか?散弾銃の弾は人の体を貫通するのか?そして銃身の曲がった銃は弾を発射できるのか?
イギリスの田舎町で純朴な住民を巻き込みながら、銃トリビアを交えて淡々と繰り広げられる物語。
動くな!!ボーザツラウフを知らないのか?(7巻P209より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」7巻より引用]
第2位「砂漠のカーリマン」
1巻よりCHAPTER6「砂漠のカーリマン」。
遺跡の発掘過程でウイグル族の怒りを買ったキートン達は、着の身着のままで「生きては戻れぬ砂漠」タクラマカン砂漠に放り出される。
族長アバスは、伝説の砂漠の英雄(カーリマン)のイメージをキートンに重ねるが、迷信だとひとりごちる。
一方、昼は酷暑・夜は極寒の砂漠でサバイバルを続けるキートン達。ついに街道まで3kmの地点たどりつくが…!
CHAPTER4から続く連作の3話目にして、MASTERキートン屈指の名エピソード。
極限状況においても生存のみならず、戦う姿勢を捨てないキートンの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
石を舐め、木の根をかじる、キートンのサバイバル技術は覚えておこう。あと砂漠には背広ね!(試す機会はない)
水を飲ませてやれ。あいつは、カーリマンだ。(1巻P162より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」1巻より引用]
第1位「迷宮の男」
1巻よりCHAPTER1「迷宮の男」。
考古学者にてロイズのオプでもあるキートン。死亡した国際ジャーナリスト・パパスの死に疑念をいだくアンダーライターの依頼を受け、調査のためギリシアに赴く。
愛人・ソフィアと高価な遺物を海中から発掘していたパパスの死の原因は、軍隊時代の遺恨から、彼への報復を狙っていたベイヤーによるものだった。
ソフィアの命をも狙うベイヤーに、キートンは独特な戦いを仕掛ける―!
というわけで、堂々の第一位はキートン初登場エピソード「迷宮の男」!
今回ベスト・エピソードを選定するにあたって、全話をざっと読み直しました。一位は「砂漠のカーリマン」かな、と本記事作成前は思っていたのですが、再読でこの1話の完成度の高さに驚かされ、1位に選出。
考古学者、ロイズのオプ、元SASのサバイバル・マスターであるという、キートンのバック・グラウンド。そして飄々とした風貌と性格、現地のものを利用する生き残り術など、全18巻を形作る原型が、第一話にして完璧に詰まっています。
「これはおもしろい漫画だ!」ということを、読者に強烈に印象づけたエピソードなのではないでしょうか。
俺が入隊試験を受けた、SASのサバイバル技術の… 教官(マスター)だ!!(1巻P28より)

[浦沢直樹/勝鹿北星 著 小学館「MASTERキートン」1巻より引用]
まとめ
以上、勝手に独断で選ぶ漫画MASTERキートン・ベストエピソード10でした。
何であの話がないの?と仰るのもウンウン、よくわかります。が、あくまでも個人的選出なのでご容赦を。
そしてMASTERキートンは、基本的にどの話を読んでもおもしろい!常に手元に置いておきたい漫画の一つですね。
↓いま手に入るのは全12巻の完全版。本記事記載の巻・CHAPTERはオリジナル全18巻のものなのでご注意を。
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