押見修造さんの「血の轍(ちのわだち)」、1巻のレビューです。
…なんやこれ。スゴイやないか。怖いやないか。
「血の轍」は小学館ビッグコミックスペリオール連載、息子を溺愛する母親の狂気を描くサスペンス漫画です。
「血の轍」1巻レビュー
概要
「血の轍」の主人公は少年・長部静一。父母と暮らす一人っ子で、同級生の少女が気になる年頃。いたって普通の中学二年生。
…に見えるが、問題はその母・静子。
静一を溺愛する彼女。ある「事件」をきっかけに、静一への「狂気」とも言える愛情を増幅させて…というサスペンスが、じっくり、ねっとりと描かれます。
美しい母
母・静子。年の頃は30代後半~40歳ぐらいでしょうか。作中では彼女が、とかく「美しく」描かれます。
おそらく思春期の少年だったら誰もが憧れるような、「美しい母」。
朝、やさしく静一を起こし、食べたいごはんを聞く静子。何かと静一の身の回りを気にかける静子。静一の帰りをあたたかく迎える静子。
その態度と眼差しは、慈愛に満ちあふれています。
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際立つ過保護さ
しかし読み進めるにつれて、次第に浮き彫りになってくるのは、彼女の過剰にも見える過保護さ。
通常の母子よりはやや多めに思える、静一とのスキンシップ。幼稚園時代、常に教室の後ろに立っていたというエピソードもあるほど。
従兄弟の少年やその母からも、過保護さを揶揄される二人。思春期まっただ中の静一は、そのからかいをやや気にしつつも、彼自身がその心地よさに依存している風でもあります。
そして後半で描かれる、親戚一同との山登り。そこで「事件」は起きる―。
というのが1巻の主な流れ。ネタバレ無しなので事件についての詳細は避けますが、これがとても、ショッキングな出来事。
そこに至るまでの、静かな狂気をたたえた道のりが、じっとり、ねっとりと描かれます。
静子の狂気
「血の轍」。何度か読み直しましたが、印象的なのは描画方法。
押見修造さんの近年の作画手法なのかもしれませんが、スクリーントーンを一切使わずに描かれる絵。絵画的・静止画的な雰囲気を持つ、線のみで紡ぎ出されたコマの数々。
それらが繋がることにより、連続した物語の一瞬一瞬に独特の「間」が生まれ、描かれるセリフ、人物の表情が目に焼き付きます。
そして序盤・中盤・終盤と徐々にあらわになっていく、母・静子の狂気。
それは「事件」さえなければ、少し変わっている程度の態度だったのかもしれません。しかし息子を愛しすぎるがゆえ、悲劇は起こってしまう―。
読み終わったあとにもう一度、冒頭から読み直すと気付く、物語の起伏ともに変化していく静子の表情。
怖い。
静一の依存
一方、息子の静一。
「男はみんなマザコン」なんてことも言われますが、たいていの少年は思春期にもなると反抗を重ねながら、やがて母親から自立し、一人前になっていくもの。
静一も表面的には、静子の過剰な構い方に軽い反抗の素振りを見せます。しかし根は彼女に依存しているような様子。
むしろ日々の生活の中で、静子の様子をチラチラと窺い見るなど、彼自身も母に対する愛情が一般のそれとは少し異なる感じ。
そして「事件」が起こったあと、共依存とも呼べる静一と静子の関係は、抜き差しならないものに。
以降、静一はどのように母と接していくのか―?
まとめ
…という「血の轍」1巻。なだらかに、しかし読者をねっとりと、精神的に追い詰めていく物語。
ホラーでもあり、サスペンスでもあり。読んでいると次第に蜘蛛の巣に絡め取られていくような、そんな怖さを感じる漫画でした。さらに怖いだけではなく、押見修造さんの巧みな筆致により、恐ろしくも美しさを感じてしまう終盤の展開がまたスゴイ。
静一が同級生の女子と仲良くなりつつある、といった中盤の伏線も、これからの波乱を予感させます。漫画「血の轍」。精神的にじわじわ来る漫画が好き、という方にぜひオススメしたい、サイコ・サスペンスです。
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