濃厚すぎるヒューマン・ドラマに、読めば読むほど引き込まれていく!原作・矢島正雄さん、漫画・弘兼憲史さんの『人間交差点ベストセレクション』上下巻です。
断片的には読んでいたのですが、単行本としてまとめて読むのは初めて。期待に違わない、読み応えのあるドラマが楽しめました。以下『人間交差点ベストセレクション』の感想・レビューです。
『人間交差点ベストセレクション』概要
『人間交差点 -HUMAN SCRAMBLE-』は、1979年~1990年にかけて小学館の漫画雑誌「ビッグコミックオリジナル」にて連載された漫画。弘兼憲史さんの出世作であり、『島耕作』シリーズなどと並ぶ代表的作品の一つです。
各話は1話~前後編のボリュームで描かれる、ショート・ストーリー形式。「刑事と犯罪者」「刑務官と死刑囚」「少年院の教官と少女」や、親子・兄弟・夫婦・祖父母と孫など、様々な人間関係が織りなす物語が展開されていきます。
その『人間交差点 -HUMAN SCRAMBLE-』全27巻に収録された話から、特に評価の高い作品を選りすぐったのが、2015年に刊行された本作『人間交差点ベストセレクション』上下巻。各巻400ページ超のボリュームで、計25話を収録しています。
『人間交差点ベストセレクション』のココが面白い!
サスペンス色のある「社会派」の上巻
以下、各巻ごとに、気になった話を中心に感想を。『人間交差点ベストセレクション』上巻では1979年~1984年発表の10話を収録(一部、前後編あり)。
- 『谷口五郎の退官』…定年を迎えた刑務官・谷口は、死刑囚・赤岸よりの「遺言」を実行すべく、彼の故郷へ。そこで待っていたのは…。
- 『教官の雨』…少年院の教官・野崎は、音信の途絶えた元入所者・菊島が気になっていた。信頼関係を築いたはずだったが、彼女の身に何が起こったのか…?
- 『黒の牧歌』…殺人罪で懲役10年を喰らった男は、出所目前になぜか脱走未遂を。以降も脱走を繰り返すが、かつて彼を逮捕した刑事との会話から、その胸の内が明らかに…。
など法曹関係が関わる、ややサスペンス色を含む人間ドラマが中心。
人の生死が絡む話が多く、若干殺伐とした雰囲気もありますが、それだけに物語はドラマティック。意外な結末、感動の結末、やるせない気持ちになる結末など、多彩なラストも印象的です。
家族など「人間関係」中心の下巻
『人間交差点ベストセレクション』下巻では、1985年~1990年発表の15話を収録。
- 『不良』…不良少年だったが更生し、医師となった男性は、自分も世話になった刑事と息子の不祥事で再び向き合う。そこで男性は、自分を立ち直らせてくれた「意外な人物」について語る。
- 『大人』…道を踏み外そうとする教え子に、あえて「暴力」で向き合う女教師。壮絶な殴り合いの中で脳裏に浮かぶのは、かつてグレていた彼女を泣きながら殴った、父の姿だった。
- 『あこがれ』…病弱ながら美しかった同居の叔母は、涼子の憧れだった。やがて父と叔母が亡くなり、なぜか家の取り壊しを急ぐ母。彼女との会話の中で、涼子は自分の知らなかった「叔母の顔」に気づいていく―。
連載の後半部分からチョイスされた15話は、家族関係やそれに近しい関係を中心とした物語を多数収録。
上巻収録の作品は、ストーリーやオチにメリハリの効いたものが多いのですが、下巻収録作品は、どちらかと言えば読者に「考えること」を投げかけてくるタイプ。読後、ジワジワと余韻が染み渡ってきます。
「人間の息づかい」感じる短編群
昭和末期に連載され、「当時の現代」を主な舞台とする『人間交差点』。現在とは文化・風習だけでなく、価値観もやや異なる時代の物語ですが、実際に読むとそこまで大きな違和感はありません。
もっとも『ベストセレクション』の刊行は2015年なので、あまりにも昭和臭の強い作品は省かれたのかもしれませんが、『人間交差点』のタイトルに違わない、様々な人生が交錯するストーリーは、短編ながら実に読み応えがあります。
上巻の矢島正雄さんによる「あとがきインタビュー」によると、「(弘兼憲史さんに対して)これ、描けるかな?」と渡したものが、弘兼憲史さんによって想像を超える形で描かれ、幾度も「天才だなぁ」と思わされたとのこと。
そんな二人の切磋琢磨が生み出した『人間交差点』に感じるのは、「生身の人間の息づかい」。
悩みを抱えたり、苦しい立場にある等身大の人々が、「今」を生きるために人と人との交流を重ねていく。その結末はハッピーエンドばかりじゃないけれど、読み手の心にさざ波を起こしていくような。そんなドラマ感に引き込まれていきます。
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感想・レビューまとめ
以上、原作・矢島正雄さん、漫画・弘兼憲史さんの『人間交差点ベストセレクション』感想・レビューでした。
20世紀末の世相を舞台にした作品なので、今読むと不思議に思うところ、理解できないところなども、もちろんあるでしょう。ですがその主人公となる人々の「人間としての本質」は、決して変わることの無いもの。
現代においても色褪せることの無い、迫真の人間ドラマを味わえる漫画です。弘兼憲史さんの丹精にして美しさを感じる作画にも注目。
『人間交差点』を最初からガッツリ読みたい!という方はビッグコミックス版(全27巻)をどうぞ!
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