「女性探偵が主人公の日本のミステリー小説」としては、かなり息の長い部類に入るでしょう。若竹七海さんの描く『葉村晶』(はむら・あきら)シリーズ。
人の心の中に潜む「悪意」の描写に特徴のある、若竹七海小説。そのエッセンスが存分に詰まっている女探偵・葉村晶シリーズ。短編も長編も、ミステリー感、そして味のあるモヤモヤを与えてくれます。
以下、日本ミステリー界を代表する女探偵・葉村晶の活躍(?)の軌跡と単行本紹介です。
女探偵・葉村晶とは?
まずは「女探偵・葉村晶」の概要を簡単に。20代半ばの初登場時はフリーターで、後に長谷川探偵調査所に入所し、本格的な探偵の道へ。
その後フリーの調査員を経て、40代でミステリー専門書店「MURDER BEAR BOOKSHOP」のアルバイトになり、同時にその2階で「白熊探偵社」を開業。以後、古書店バイトと探偵業、二足のわらじを履きます。
そんな面白い経歴を持つ葉村晶。その基本姿勢は「わたしの調査に手加減はない」。調査員としてとても優秀なのですが、手抜きをしないが故にハードラック(不運)な目にあうことも多々。
真面目に事件に取り組むクールさと、トラブルに巻き込まれやすいコミカルさを併せ持つ、ユニークな女探偵です。
『葉村晶シリーズ』紹介
以下、そんな葉村晶が活躍する、「葉村晶シリーズ」単行本の紹介です。
プレゼント
- 海の底
- 冬物語(※)
- ロバの穴
- 殺人工作(※)
- あんたのせいよ
- プレゼント(※)
- 再生
- トラブル・メイカー
以上計8編を収録した、葉村晶の初登場作品集。葉村晶は初期はフリーターとして登場、のちに長谷川探偵調査所所属になります。葉村晶のフレッシュな?活躍が楽しめる短編集です。
なお本書は葉村晶に加え、もう一人の主役・小林警部補が登場。二人が交互に活躍する形式で、※印の付いている話に葉村晶は登場しません。
依頼人は死んだ
- 濃紺の悪魔(冬の物語)
- 詩人の死(春の物語)
- たぶん、暑かったから(夏の物語)
- 鉄格子の女(秋の物語)
- アヴェ・マリア(ふたたび冬の物語)
- 依頼人は死んだ(ふたたび春の物語)
- 女探偵の夏休み(ふたたび夏の物語)
- わたしの調査に手加減はない(ふたたび秋の物語)
- 都合のいい地獄(三度目の冬の物語)
以上9編の連作短編を収録。長谷川探偵調査書を退職後、フリー調査員として活動する葉村晶。彼女が関わる、ブラックな事件の数々が描かれます。
個々の短編は独立しながらも、一冊を通してゆるやかな繋がりもある連作集。葉村晶の友人・相葉みのりが主体となる話もあり。
悪いうさぎ
行方不明になった女子高生たちの行方を追う葉村晶。しかし真相を追ううちに、彼女自身にも危険が…?
三十代に突入した葉村晶が活躍する、シリーズ初の長編。文庫版で450ページ超の大作で、背筋のひんやりするようなサスペンス感あり。
短編集「依頼人は死んだ」でウォーミング・アップを終えたら、本作で葉村晶の冒険をあますところなく楽んでみてください。
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暗い越流
- 蠅男
- 暗い越流
- 幸せの家
- 狂酔
- 道楽者の金庫
以上の計5編を収録した短編集。本作には葉村晶もの以外も収録。彼女が登場するのは『蠅男』『道楽者の金庫』の2編で、『道楽者の金庫』では葉村晶が「MURDER BEAR BOOKSHOP」で働くきっかけが描かれています。
他の3作品も若竹七海らしい毒っ気が、実にいい風味。その中でも『狂酔』が素晴らしい一編。ある場所で人々を前にひとり語りをする男。その異様な内容と次第に明らかになる状況、そして驚愕のラストへ。インパクトのある短編です。
さよならの手口
『道楽者の金庫』に引き続き、吉祥寺のミステリ専門書店「MURDER BEAR BOOKSHOP」でバイト中(探偵は開店休業状態)の葉村晶。古書引取の際に発見した白骨死体を端に、謎に関わってゆきます。
過去作に比べると、だいぶユーモラスな表現が増えた感じの本作。主人公も歳を取って丸くなった?「このミス」2016年の第4位作品。なお単行本的には、『暗い越流』の方が発表が先です。
静かな炎天
- 青い影 七月
- 静かな炎天 八月
- 熱海ブライトン・ロック 九月
- 副島さんは言っている 十月
- 血の凶作 十一月
- 聖夜プラス1 十二月
以上の全6作に加え、『さよならの手口』に続く『富山店長のミステリ紹介ふたたび』を収録した短編集。初登場時二十代だった葉村晶も、いよいよ本格的に四十代。四十肩に苦しむハードボイルド探偵となりました。
偶然遭遇した大事故が意外な展開を見せていく『青い影 七月』、ひっきりなしの依頼を順調にこなすがその裏で起こっていたのは…『静かな炎天 八月』、など葉村晶の半年間の活躍が描かれます。
過去作『依頼人は死んだ』と比べると、全体の雰囲気がだいぶ丸くなった印象ですが、各話のラストで待つ衝撃はそれ以上!ユーモラスさがアップした分、若竹氏描く「悪意」がより際立っている、という感じ。キレッキレの一冊です。
錆びた滑車
2018年刊行の文庫オリジナル長編『錆びた滑車』。ミステリ専門書店のバイトと調査員を、相も変わらずかけもちする葉村晶。住んでいるシェアハウスを退去する予定だが、引っ越し先は見つからず。
尾行中の事故から、対象に関係のある女性・その孫である青年と同居することに。さらに青年に依頼され、失われた記憶に関する調査を始める。しかしきな臭い話の渦の中へ…。
事故・火事・そして知人の揉め事に巻き込まれる彼女。不運もここに極まれり(笑)、といった感じ。無理難題を押し付ける古書店主・富田のすっとぼけぶりも定番となり、シリーズものならではのおもしろさがあります。
不穏な眠り
- 水沫(みなわ)隠れの日々
- 新春のラビリンス
- 逃げだした時刻表
- 不穏な眠り
以上の4編を収録した、2019年テレビドラマ化決定後の最新リリース。
「わたしは葉村晶という。国籍・日本、性別・女。(略)ミステリ専門書店『MURDER BEAR BOOKSHOP』のアルバイト店員にして、(略)<白熊探偵社>に所属する唯一の調査員である。」
という口上がすっかり板についた女探偵。シンプルな調査依頼から、複雑な「事件」になぜか発展していってしまう、彼女の不幸体質(?)が今作でも遺憾なく発揮。
探偵本来の業務だけではなく、古書や稀覯本にまつわるミステリ専門書店の店員ならではの事件がおもしろい。ついに第四回を迎えた富山店長のミステリ紹介も毎度のお楽しみ。
『葉村晶シリーズ』まとめ
以上、ロングセラーを続ける女性探偵・葉村晶シリーズの紹介でした。
若竹七海さんの洗練された文章で読みやすく、かつ読み応えバツグンの探偵小説。シニカルかつユーモラスな語り口につい引き込まれ、しかし油断しているとラストでガツン!とやられます。
シリーズものですが、どの話から読んでも楽しめる作品。個人的には短編集『静かな炎天』がオススメです。ぜひ彼女の活躍を楽しんでください。