傷心のまま高校生活を送る弟のもとへ、「魔王」のような姉が帰ってきた！しかしその帰還には意外な理由が…？
原作・一穂ミチさん、漫画・嵐山ノリさんの『魔王の帰還』。失意の中にある少年少女が型破りなねーちゃんと過ごす特別な夏が、情感豊かに描かれる全1巻漫画です。
本記事ではその『魔王の帰還』と、同名の原作小説を収録した一穂ミチさんの連作小説集『スモールワールズ』をあわせてご紹介。
漫画『魔王の帰還』感想・レビュー
「見よ 音を立てながら 魔王が敗走した」
とある出来事から野球部を退部し転校、失意の中にある高校生・鉄二（183cm・金髪・ピアス有り）。
しかし実家に「魔王」と呼ばれる姉・真央（27歳・188cm・体重不明）が出戻り、慌ただしい生活に。どうやら離婚をするらしい彼女には、何か隠していることが…？
そんな折、祖母の営む駄菓子屋を手伝う、同級生の菜々子と親しくなる姉弟。話をする内に、鉄二は彼女もまた、心に傷を抱えていることを知る。
そこへ「金魚すくい選手権」のポスターを見つけた魔王が来て、3人でエントリーをすることに。果たして彼らは「ひと夏の楽しい思い出」を作れるのか？
かくして3人が（半ば強引に）チームとなり、金魚すくい大会に挑戦することになる物語『魔王の帰還』。少年少女と魔王の、夏の交流が描かれていきます。
10歳離れた姉に幼い頃から頭が上がらず、その影響（命令）で野球を始め、強豪校に進学した鉄二。しかし「とある事件」で野球を辞め、胸に穴の空いたような毎日を送る日々。
そんな彼が姉や菜々子と過ごすうちに、少しずつその穴を埋めていく。優しく穏やかに綴られるその様子に、静かな充足を感じます。
一方、常に不敵な笑みを浮かべ、一度みたら忘れられない強烈なインパクト（笑）を持つ巨漢の姉・魔王。
鉄二にとって文字通り強大な存在である彼女は、なぜ愛し合っていたであろう夫と離婚をするのか？多くを語らない彼女に内緒で、菜々子と秘密を探る鉄二は、意外な事実を知って―。
鉄二の言葉を借りると、彼女もまた鉄二・菜々子と同じく「気持ちで負け」、逃げてきた人間。しかしそんな彼らが「勝利」を渇望、金魚すくい大会へと気持ちを高めていく様、そして劇中で菜々子が発する「私…勝ちたいよ」という言葉に、思わず共感。
勝ち負けだけが人生じゃないけれど、「精神的な敗北」を自他共に認める鉄二たちが、「勝利」を求めて一歩を踏み出すその姿、短いけれど人生の縮図が詰まったかのような彼らの夏が、読み手の心に深く刻まれる、そんな物語です。
小説『スモールワールズ』感想・レビュー
上記『魔王の帰還』の原作小説、一穂ミチさんの原作小説『スモールワールズ』。
- ネオンテトラ
- 魔王の帰還
- ピクニック
- 花うた
- 愛を適量
- 式日
以上6編を収録した短編集です。
『魔王の帰還』は漫画→小説の順で読みましたが、漫画版が原作を如何に上手くコミカライズしているかを確認。もちろんオリジナルである小説も良い短編で、どちらから読んでも面白さを感じられると思います。
ほか、不妊治療中の女性の胸の内を熱帯魚になぞらえて描く『ネオンテトラ』、「息子になった娘」に十数年ぶりに再会した父の狼狽『愛を適量』など、ハートフル・ストーリーからちょっとイヤ～な読後感を持つ作品まで、バラエティ豊かな各話。
洗練された文体で非常に読みやすく、また違った味付けの物語、そしてラストが面白い！単体の短編としても、一冊の作品集としても、読み応えと満足のある短編集です。
なお『スモールワールズ』刊行に関連して、『〈特別ショートストーリー〉「回転晩餐会」』が電子書籍で配信されています。
回転する展望レストランを舞台に、老従業員と常連男女の交流、そして意外な結末を描くストーリー。短いながらも心に残る、一穂ミチさんの作風を存分に感じ取れる1編です。本作は無料なので、『スモールワールズ』が気になる方はぜひ読んでみてください。
まとめ
以上、嵐山ノリさんの漫画『魔王の帰還』と、一穂ミチさんの短編小説集『スモールワールズ』の感想・レビューでした。
どちらから読んでも満足感のある作品。漫画も小説も読むよ、という方は、『魔王の帰還』の読み比べをしてみてはいかがでしょうか。