「けもの」ではなく「ケダモノ」。
過酷な将棋の世界で、プロ棋士を目指してケダモノのごとく盤面で牙をむく、一人の女性を描く将棋マンガ「将棋指す獣(しょうぎさすケダモノ)」。
原作は「アイアンバディ」の左藤真通さん、漫画は「ミリオンジョー」の市丸いろはさん。連載は新潮社のWebメディア「コミックバンチWeb」で、2020年6月刊行の4巻でひとまず完結しました。
が、物語はまだまだ終わらず。以降は個人による制作+Webでの不定期配信という形になるそうです(本記事最後に詳細あり)。
「将棋指す獣」感想・レビュー
あらすじ・概要
かつてプロ棋士を目指し奨励会に所属していたが、謎の退会をした女性棋士・弾塚光(だんづか・ひかり)。
将棋の世界から姿を消していた彼女が、突如アマの退会に参戦し優勝。プロ棋士を目指すことを宣言する。
しかしアマからプロになるには、様々な障壁が。果たしてそれを乗り越え、光はプロ棋士になれるのか?
…というプロ棋士へのチャレンジ・ストーリー。第一話冒頭では、光がすでにプロ棋士としてタイトルに挑戦する姿が見えます。
「将棋指す獣」ではそこにいきつくまでの過程を、彼女が持ついくつかの「謎」を絡めて、ドラマティックに描き出します。
アマ→プロ編入への高い壁
本編の内容に触れる前に、アマからプロ棋士になることについて、サックリと。
もともとプロを目指す棋士たちは「奨励会」に入り、まずはそこで三段を目指します。そこから四段に上がる=プロ棋士となるのですが、そこに26歳までに到達できなければ退会となります。
一方アマチュアからプロ棋士(四段編入)を目指す道は、二つ。
一つはプロ公式棋戦にアマチュア枠または女流枠から出場し、一定の成績を収めたのち、新四段5名と対戦する編入試験に合格するもの。
もう一つは、主要アマ棋戦で優勝して、三段編入試験で所定の成績を収めたのち、三段リーグに編入し、半年間のリーグ戦を戦うもの。
作中でベテランのプロ棋士・峰田は、このルートを「合格率0%」と評しますが、光はこの道を選びます。
(参考:「将棋指す獣」及び「Wikipedia棋士 (将棋)」より「プロ編入制度」の項。)
ちなみに本書の監修を務めるプロ棋士・瀬川晶司氏は、アマからプロに編入した数少ない人物の一人である、というのが物語のリアリティーを深めています。
女性棋士・光の謎
アマからプロへの険しい道。しかし、なぜかより難易度の高い道を選択する、主人公・光。
冴えない風貌で、日常でもぼんやりした雰囲気な彼女。普段はゲーム会社でデバッグのアルバイトをしながら、将棋の研究をする生活を送ります。
しかし将棋の事となると異様な集中力と、執着を発揮。勝負師の顔、いや、ケダモノの表情をのぞかせます。
プロ棋士・峰田の言葉を借りると、光の指す将棋は「勝つために相手の手を殺し続ける」恐ろしい将棋。
果たしてその棋風の源は何なのか。
そしてなぜ彼女は将棋の世界に戻り、プロ棋士を目指すのか。
さらに、そもそも「なぜ奨励会を辞めたのか?」という謎が。
そこにはある「噂」があるのですが、果たしてその真偽は…?見た目からは想像しにくい、ミステリアスな過去が気になります。
将棋の世界ならではのドラマ
光のプロ棋士への道描く「将棋指す獣」。しかしアマからプロの道を目指すのは、光だけではない。
元・奨励会の棋士や、アマチュアタイトルを持つ若手棋士など、個性的なライバルが光の前に立ちはだかります。
勝つか負けるか。極限まで高めた思考力で細い勝ち筋をたどっていく迫真の戦い。そして光の将棋は彼らに通用するのか。
そんな将棋の世界でしか見られない緊迫のドラマに、グッと引き込まれていきます。
また将棋界に戻ったことにより、かつて兄弟子だった天竜・赤烏(※天竜は架空のタイトル)、同じ師匠の元で学んだ、奨励会三段の現役女性棋士・菊一文字(きくいち・ふみこ)らと再会する光。
彼らとの会話の中から、その過去が因縁も含めて徐々に紐解かれることに。その過程で描かれる、将棋の世界でしか起こり得ないエピソードの数々が、実に面白い。
特に印象的だったのは、3巻で描かれる「師匠推薦」の話。
元・師匠から三段リーグ編入試験を受けるための師匠推薦を断られた光は、偶然会ったプロ棋士・峰田に、自分の師匠になって欲しい、と懇願します。
しかし峰田の出した条件は、「夕方までに一千万を用意」すること。
果たして光はその無茶振りをどうクリアするのか?ネタバレはしたくないので結末は書きませんが、「勝負の世界」らしい実に豪快なエピソード。
漫画なんだけど、本当にありそう、と思わせてくれる絶妙なリアル感に読み応えを感じます。
完結4巻~続編公開へ
物語の一区切りとなる最終4巻では、プロ棋士への階段となる三段リーグ編入を賭け、天才少年棋士・西村翠との対局へ。
1巻まるまる使って描かれるその戦いは、実に過酷で息を呑む展開。
そしてこの4巻で、新潮社での連載はひとまず完結。
ライバルたちとの戦いを経て、いよいよプロ棋士になるための過酷な戦場へ、といった過程を描いてきた「将棋指す獣」。いよいよこれから…という盛り上がりだったのですが、残念。
「将棋指す獣」は3月掲載の22話にて最終回となります。
が、消化不良なので続きを描いて個人配信することにしました。原作/左藤・作画/市丸・監修/瀬川六段の座組は変わりません。 個人配信に関わらず監修を快諾していただいた瀬川先生、ありがとうございます! — 左藤真通 (@reu_reu_) February 21, 2020
が、原作者である左藤真通さんによると、左藤真通・市丸いろはコンビと瀬川六段の監修はそのままに、以降の物語を個人配信という形で引き続き描くそうです。
「新・将棋指す獣」1話です。実質「将棋指す獣」の23話として描いてあるので、あしからずです。 (1/8) pic.twitter.com/8HxGXjldQw
— 左藤真通 (@reu_reu_) June 8, 2020
というわけで4巻発売と同時に発表された「新・将棋指す獣」第一話。連載時と変わらぬクオリティで「23話」が描かれています。
原稿料も出ないであろう状況で、時間をかけて物語を作っていくという姿勢がスゴイ。並々ならぬ決意を感じます。
連載が終了するのはファンとして非常に残念ですが、濃厚な将棋ドラマの今後の盛り上がりを期待。
まとめ
以上、「将棋指す獣」全4巻の感想と、完結・続編のお話でした。
棋士たちの特殊な世界を描くために緻密な取材を重ねる左藤真通さんの原作と、緊張感あふれる迫真の勝負を描く市丸いろはさんの作画。両者ががっちりと絡み合い、緊張感のあるドラマが生み出されています。
正直に書くと絵柄は若干クセがあるので、最初は少しとっつきにくいかもしれません。でも読み進めると、「この絵じゃなきゃ、このドラマは描けない」と感じてくるから不思議。
特にキャラクターの表情はシンプルなようでいて、複雑な感情が込められているよう。物語も作画も読めば読むほど味が出てくる、そんな漫画です。気になった方はぜひ本編をチェックしてみてください。
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