少女の額に生えたツノ。その意味するものは何か―。
ちょっと変わったタイトルの短編集、久野遥子(くの・ようこ)さんの漫画「甘木唯子のツノと愛」を読みました。
自分にかざされる手のひらを見上げる少女。その額には角状の突起が…。
「甘木唯子のツノと愛」レビュー
概要
アニメーション作家としても活躍されている久野遥子さんは、月刊コミックビームでデビュー(「久野酸素」名義)。本作「甘木唯子のツノと愛」が初の漫画作品集です。
収録作品は「透明人間」「IDOL」「へび苺」「甘木唯子のツノと愛」の全4編。表題作「甘木唯子のツノと愛」のみ全3話で約100ページと、中編的なボリュームです。
「甘木唯子の~」は、中学生の兄妹・宏喜と唯子が主人公。
母が出ていった家で、父親・祖母と暮らす二人。
母に憎しみを持つ宏喜は、唯子の額に生えているツノで「特訓」をする日々。
いつか母を殺すために。
しかし母は意外な形で宏喜たちの元へ―、というお話。
他三編も、少年少女たちの微妙な心を様々な形、様々な筆致で描いた短編です。
じっくり読み込みたい短編集
どの作品も明快なオチや「その時、登場人物たちは何を考えていたか?」をくっきりはっきり描かないタイプの作品群。
このブログは基本ネタバレ無しでお送りしているので、なかなか感想を書きにくい(笑)。
しかしどの作品も、「はっきりとはわからない何か」を探すために、再びページをめくらせる力を持っています。
作品からの明確なメッセージを求める読み手には向かない漫画かもしれませんが、じっくり・ゆっくり、物語に込められた魂を紐解きたいという方にオススメ。
正直な感想としては、表題作「甘木唯子のツノと愛」のラストの解釈、すごく難しいです。
一通り読んで、さて唯子のツノとは、そして愛とは何だったのか…。
何となくモヤ~ッとしたものは浮かぶのですが、うん、これは誰かと語り合いたいタイプの漫画ですね。
ストーリー的に気に入ったのは「へび苺」。
サーカスに来た研究所の所長と娘。団員の少年は所長の提供するヘビの「気ぐるみ」をまとって少女を飲み込むショーに出る。
しかし少女も実は「気ぐるみ」で…という妖しさの漂う短編。
人間の外面とは?内面とは?淫靡な雰囲気を醸し出す終盤もインパクトがあります。
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目を引くアーティスティックな描写
そんな短編集「甘木唯子のツノと愛」ですが、ストーリーと共に注目なのはそのアーティスティックな描写。
全編を読んで気づくのは、4作ともにその描写スタイルが異なること。
- 透明人間:コミックビーム2010年11月号
- IDOL:2010年 第12回えんため大賞【特別賞】受賞作
- へび苺:コミックビーム2012年11月号
- 甘木唯子のツノと愛:月刊コミックビーム2017年5月号~7月号
以上が各作品の初出で、都合7年間で描かれたもの。
ときに柔らかなタッチだったり、アニメ的な陰影だったり、4作品とも多彩な顔を見せてくれます。
これは作者である久野遥子さんの、7年間のスタイルの変遷なのかもしれません。
が、多分意図的にタッチを変えているんじゃないかな、と思います。
作品によって意図的に作風を変える、というと九井諒子さんを想起しますが、まさにそんな感じ。
そしてどのスタイルもとても安定していて見応えがあります。
アニメのような多彩な構図も注目
そしてもう一つ作風で惹かれたのは、描かれる構図の多彩さ。
斜め上からの視点、足元のアップ、引いて・煽って、そして斜めに傾いて。
私は素人なのでその技法を細かく論ずることはできませんが、とにかくコマ内の描き方が多彩という印象。
特にコマの中の風景を傾いて描いた構図は、キャラクターの心情の不安を顕しているかのようで新鮮でした。
キャラクターの動きもアニメーションの一瞬を切り取ったかのようで、一コマ一コマに今にも動き出しそうな躍動感が詰まっています。
久野遥子さんは多摩美大のグラフィックデザイン科卒、そしてアニメーション作家でもあるということで、その経歴も関係しているのでしょうか。
一般的な漫画とはまた違った感覚を読者に与えてくれます。
「読む」だけではなく「見る」楽しさがありますね。
まとめ
以上、久野遥子さんの短編漫画集「甘木唯子のツノと愛」のレビューでした。
物語・作画に惹かれて、一読した後にまたもう一回、またもう一回、とページをめくりたくなる不思議な短編集です。
今度は単行本1巻分ぐらいの長編を読んでみたいですね。久野遥子さんの次回作にも期待です。
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