ラーメンという食べ物ほど、シビアなものはないんじゃないか。常々そう思っています。
特にラーメン屋さんのラーメン。バランスが整っている時はいいけれど、それが少しでも崩れると、あっという間に人気がなくなってしまう。高級料理ならいざしらず、一般人の口にするものとしては、他に類を見ないほど厳しい食べものです。
そんな独特の性質を持つラーメンだからこそ、起こるかもしれない奇跡。それを描いたのが林明輝(はやし・あきてる)さんの漫画「ラーメン食いてぇ!」。
講談社モーニングコミックスより全2巻が刊行中。2018年3月には映画も公開されるそうです。
ラーメンが食べたい!という気持ちが素直に伝わってくるタイトルですが、中身は予想外に濃厚なドラマ。まるでラーメンのスープのように(今うまいこと言った)。
「ラーメン食いてぇ!」レビュー
三人の絶望者たち
「ラーメン食いてぇ!」第一話のタイトルは「三人の絶望者たち」。年齢も立場も異なるが、それぞれ絶望を抱く三人が登場します。
一人はウイグル自治区で遭難した料理研究家・赤星。テレビ用ロケ車両の事故により、人っ子一人通らないパミール高原に一人取り残され、その生存は絶望的。
もう一人は群馬のラーメン店「清蘭」の店主・紅列土(こう・れつど)。ラーメンの調理に不可欠な連れ合いを亡くし、その味を再現出来ないことに絶望。今まさに死を選ばんとする瞬間。
最後の一人は列土の孫娘で高校生の茉莉絵。彼氏を親友に奪われ、同級生たちから言われなき中傷を受けた彼女。人生に絶望し、衝動的に自殺を図ります。
ラーメンが繋ぐ命
茉莉絵の状態を聞き、我に返る列土。気力を取り戻し、一命を取り留めた彼女のために清蘭のスープを作ります。それを飲んだ茉莉絵はその味の深さに感動。退院後、列土に向かって叫びます。
「おじいちゃん、あたしにラーメン教えて!!」
一方「清蘭のラーメンが食いてぇ!」と、死の間際にかつて食べたその味を思い出した赤星。幸運にも遊牧民に救われることに。遊牧民のスケジュールに合わせて体力を回復させつつ、4ヶ月後の帰国を目指します。その気持ちはただ一つ。清蘭のラーメンを食べること。
祖父と孫は清蘭のラーメンを復活させるために。赤星は清欄のラーメンを食べるために。一つのラーメンで結ばれた二つの思いが、「ラーメン食いてぇ!」では並行して展開されてゆきます。
ラーメンレクチャーが熱い
物語の見どころの一つは、列土のラーメンレクチャー。清蘭の味を受け継ぐことを決意した茉莉絵に対し、列土が自身のラーメン観を踏まえながら指導をするのですが、これがまあ面白い。
清蘭のラーメンが自家製麺にこだわる理由。加工し過ぎずに素材を最大限に活かす「引き算の技」。麺茹での理想の形はカゴではなく平ザル。そして塩ラーメンに欠かせないある素材。
列土が語る、ラーメンづくりの経験から生まれた技術の数々。現在のラーメン業界に対する皮肉をところどころに混じえながら(笑)、訥々と描かれるラーメンづくり。見ているだけで「このラーメン食いてぇ!」となる魅力があります。テンポ良く展開されるコマ割りもリズム感があってウマイ。
大自然の中の日本人
もう一つ「ラーメン食いてぇ!」の肝となるのは、ウイグルの大自然で日本への帰還、そして清欄のラーメンを目指す赤星の心情の変化。
ガスも水道も電気もない環境で、日の出と共に起き、日の入りと共に眠る遊牧民の生活。彼らの優しさに触れ、広大な高原と満天の星空を眺めているうちに、その心に芽生える気持ち。
俺という存在は一体なんなのだろうか…。生きているとはどういうことなんだろうか…。
そして研ぎ澄まされていく、清欄ラーメンへの思い…。結局ラーメンかいw。しかし赤星の心の核となっているのは、清欄のラーメン。大自然の中にいるがゆえに、シンプルな気持ちが浮かび上がってくるかのよう。
ラーメンづくりの致命的な壁
清蘭のラーメンへ一歩、また一歩近づく赤星。そんな彼の状況などいざ知らず、清蘭ラーメンの復活を目指す列土と茉莉絵。麺づくりのために体も鍛える茉莉絵は、日に日にその腕も上達。
しかし彼女を襲う、ラーメンづくりの壁。「食の細さ」が仇となり、毎日食べるラーメンを体と心がついに拒絶。
いつもと同じ味を求める客のために、毎日毎日おなじ味をキープする必要のあるラーメン。重要なのは、列土の亡き妻が持っていたような「特異な食欲」。茉莉絵がラーメンづくりを続けるには、調理に有能なパートナーが必要だ、と語る列土。
確かに日本人は味の変化に口うるさく、特にラーメン店には一定の味が求められるもの。不思議ですが、これ真理。果たして茉莉絵はもうラーメンが作れないのか?そして清蘭ラーメンは復活できないのか?
しかしそれを救ったのは意外にも…。このあとはぜひご編で御覧ください。
ラーメンという名の奇跡
そんな感じの「ラーメン食いてぇ!」。テンポよく、流れるように紡がれるラーメンへの情熱。二つの物語はやがて奇跡的な結末を迎え、読み終わる頃には心が晴れやかになる漫画です。そして足は自然とラーメン店へ(笑)。
なお本作は全2巻の漫画ですが、上巻には「傘がない!!」、下巻には「宇宙人かよ!」というやや長めの短編をそれぞれ収録しています。メインはもちろん「ラーメン食いてぇ!」本編なのですが、こちらもなかなか読ませる漫画で面白い。林明輝さんの作風をじっくり楽しめます。
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