漫画『国境のエミーリャ』―仮想日本の脱出請負人は「笑わない女」

大戦後、東西に分割占領された日本。自由を求める人々を東から西へ脱出させるのは、「絶対に笑わない女」。

池田邦彦さんの漫画『国境のエミーリャ』(監修協力・津久田重吾さん)。大戦後に分割統治された日本を舞台に、「脱出請負人」として生きる少女を描く「仮想戦後活劇」です。連載は小学館の漫画雑誌「ゲッサン」で、2021年12月現在、単行本が5巻まで刊行。

『国境のエミーリャ』感想・レビュー

あらすじ

日本のポツダム宣言拒絶後、日ソ不可侵条約を破棄したソ連が東日本へ侵攻。それに呼応し英米豪各軍も西日本に上陸、壮絶な地上戦が展開される。そして1946年1月の本土決戦後、降伏した日本はソ連と米英により分割統治されることに。

やがて日本の東部と西部それぞれが、「日本人民共和国(東日本国)」「日本国」として独立。ソ連の実効支配下にある東日本は国境を封鎖し、境界に高い壁と厳重な監視体制を敷く。

時は経ち1962年。厳しい社会主義体制下で、西側への脱出者が後を絶たない東側の東京。人民警察の目をかいくぐりながらその手助けをするのは、「絶対に笑わない女」と言われる逃亡請負人・エミーリャ

東西に分断された「仮想日本」

東西ドイツや朝鮮半島など、歴史的な経緯から分断され、東西に分割統治された国家が存在します(※ここでの「東西」は旧ソ連を中心とした共産主義陣営と、アメリカ・西ヨーロッパを中心とした自由主義陣営を指します)。

日本は第二次世界大戦敗戦後、分割統治されることはありませんでした。が、もし東側陣営と西側陣営によって分断されていたら、こんな世界になっていたかもしれない。そんな雰囲気を『国境のエミーリャ』は味あわせてくれます。

自由な西側に較べ、社会主義・共産主義のもと平等(形ばかりでも)である反面、人民への締め付けが厳しい東側。そこでは食料や物資も満足に手に入らない、しかし不満の声をあげることもできない、苦しい生活が。

脱出請負人・エミーリャ

そんな東側で当然起こるのは、西側への逃亡。しかしそれを東と西をくっきりと分ける高い壁が阻み、越えようとする者には「死」が待ち受けます。

そこで秘密裏に西側への逃亡を手助けするのが、主人公・杉浦エミーリャ

十月革命駅(旧上野駅)の人民食堂で、「アビェト(昼食)は売り切れよ!」と声を上げる姿が印象的な彼女。しかしその裏の姿は、西側の情報機関とパイプを持ち、秘密のルートを用いて西への逃亡を幇助する脱出請負人。

頑なに表情を崩さないその姿勢から、ついたあだ名は「笑わない女」。普段は母親と二人で質素に暮らす19歳ですが、家庭環境はやや複雑。物語の進行とともに、そのミステリアスな背景も徐々に明らかに…?

自由な世界への脱出ドラマ

そんなエミーリャのもとに集う人々と、脱出劇に絡んで繰り広げられるドラマの数々が、『国境のエミーリャ』の大きな見どころ。

  • 西側での自由な研究を希望する数学者。その脱出のタイミングを測る重要なキーワードは、「素数」。…『執念深い敵』(1巻収録)
  • 芸術を愛する人民警察の警部。「君の正体を知っている」とエミーリャを脅迫する彼の目的は?…『地下水道の花』(2巻収録)
  • 新たな亡命希望者は、かつて「スターリンの影武者」を務めていた男。しかし彼をスターリン体制の復活を目論む組織が狙い…『スターリンの亡霊』(5巻収録)

…といった、脱出希望者の抱えるバックグラウンドと絡んだヒューマン・ドラマや、「東側」独特の要素を取り入れたストーリーが展開。時に温かく、時に物悲しさをおぼえるバラエティ豊かな物語が、心に残ります。

印象的な「仮想日本」の世界観

そしてその脱出劇の数々を陰ながら演出するのが、劇中に漂う「1960年代の日本人民共和国」の空気感

「十月革命駅」と呼称される上野駅、ボルシチなどロシア料理中心の人民食堂、エミーリャと敵対する高圧的な民警(ミリツィヤ)、全体的に地味でレトロな風景など、現実の日本とは異なり、ソ連の影響を色濃く受ける「仮想の戦後」の世界観が、作者・池田邦彦さんの朴訥な絵柄と相まって非常に印象的。

ひょっとすると自分もこの世界線に生きていたかも?と読者に思わせるリアリティは、まるでエミーリャと同じ世界線で自分も冒険しているような、そんな没入感を感じさせてくれるでしょう。

まとめ

以上、池田邦彦さんの『国境のエミーリャ』の感想・レビューでした。基本的には暗めの雰囲気ながらも、多彩なアクション・表情を見せるエミーリャの「活劇感」が魅力の漫画。時折挟まれるユーモラスな表現にも面白みがあります。

そして巻を重ね、東西陣営それぞれの思惑が絡まり、深みを見せていく物語。果たして東京の高い壁が崩れ、エミーリャが笑顔になる日は訪れるのか?ラストで彼女がどんな表情を見せるのか、楽しみです。

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