大戦後、東西に分割占領された日本。自由を求める人々を東から西へ脱出させるのは、「絶対に笑わない女」。
池田邦彦さんの漫画『国境のエミーリャ』(監修協力・津久田重吾さん)。大戦後に分割統治された日本を舞台に、「脱出請負人」として生きる少女を描く「仮想戦後活劇」です。
連載は小学館の漫画雑誌「ゲッサン」で、2024年12月現在、コミックス1~12巻が刊行中。以下、『国境のエミーリャ』の主なあらすじや見どころなどをご紹介します。
『国境のエミーリャ』あらすじ
日本のポツダム宣言拒絶後、日ソ不可侵条約を破棄したソ連が東日本へ侵攻。それに呼応し英米豪各軍も西日本に上陸、壮絶な地上戦が展開される。
そして1946年1月の本土決戦後、降伏した日本はソ連と米英により分割統治されることに。
やがて日本の東部と西部それぞれが、「日本人民共和国(東日本国)」「日本国」として独立。ソ連の実効支配下にある東日本は国境を封鎖し、境界に高い壁と厳重な監視体制を敷く。
時は経ち1962年。厳しい社会主義体制下で、西側への脱出者が後を絶たない東側の東京。その手助けをするのは、人民食堂の従業員・エミーリャ。
「絶対に笑わない女」と評される彼女は、厳しい人民警察の目をかいくぐりながら、今日も逃亡請負人として危険な任務に就く―。
『国境のエミーリャ』のココが面白い!
東西に分断された「仮想日本」
東西ドイツや朝鮮半島など、歴史的な経緯から分断され、東西に分割統治された国家が存在します。
(※ここでの「東西」は旧ソ連を中心とした共産主義陣営と、アメリカ・西ヨーロッパを中心とした自由主義陣営を指します。)
日本は第二次世界大戦敗戦後、分割統治されることはありませんでした。が、もし東側陣営と西側陣営によって分断されていたら、こんな世界になっていたかもしれない。そんな雰囲気を持つのが、『国境のエミーリャ』。
自由な西側に較べ、社会主義・共産主義のもと平等(形ばかりでも)である反面、人民への締め付けが厳しい東側。そこでは食料や物資も満足に手に入らない、しかし不満の声をあげることもできない、苦しい生活が…。
ミステリアスな脱出請負人
そんな東側で当然起こるのは、西側への逃亡。しかしそれを東と西をくっきりと分ける高い壁が阻み、越えようとする者には「死」が待ち受けます。
そこで秘密裏に西側への逃亡を手助けするのが、主人公・杉浦エミーリャ。
十月革命駅(旧上野駅)の人民食堂で、「アビェト(昼食)は売り切れよ!」と声を上げる姿がコミカルな彼女。
しかしその裏の姿は、西側の情報機関とパイプを持ち、秘密のルートを用いて西への逃亡を幇助する「脱出請負人」。頑なに表情を崩さないその姿勢から、ついたあだ名は「笑わない女」。
普段は母親と二人で質素に暮らす19歳ですが、家庭環境はやや複雑。物語の進行とともに、そのミステリアスな背景も徐々に明らかに…?
自由な世界への脱出ドラマが面白い!
そんなエミーリャのもとに集う人々と、脱出劇に絡んで繰り広げられるドラマの数々が、『国境のエミーリャ』の大きな見どころ。
- 西側での自由な研究を希望する数学者。その脱出のタイミングを測る重要なキーワードは、「素数」。…『執念深い敵』(1巻収録)
- 芸術を愛する人民警察の警部。「君の正体を知っている」とエミーリャを脅迫する彼の目的は?…『地下水道の花』(2巻収録)
- 新たな亡命希望者は、かつて「スターリンの影武者」を務めていた男。しかし彼をスターリン体制の復活を目論む組織が狙い…『スターリンの亡霊』(5巻収録)
…といった、脱出希望者の抱えるバックグラウンドと絡んだヒューマン・ドラマや、「東側」独特の要素を取り入れたストーリーが展開。
時に温かく、時に物悲しさをおぼえるバラエティ豊かな物語が、心に残ります。
「仮想日本」の世界観が印象的
そしてその脱出劇の数々を陰ながら演出するのが、劇中に漂う「1960年代の日本人民共和国」の空気感。
「十月革命駅」と呼称される上野駅、ボルシチなどロシア料理中心の人民食堂、エミーリャと敵対する高圧的な民警(ミリツィヤ)、全体的に地味でレトロな風景など。
現実の日本とは異なり、ソ連の影響を色濃く受ける「仮想の戦後」の世界観が、作者・池田邦彦さんの朴訥な絵柄と相まって非常に印象的。
ひょっとすると自分もこの世界線に生きていたかも?と読者に思わせるリアリティは、まるでエミーリャと同じ世界線で自分も冒険しているような、そんな没入感を感じさせてくれます。
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感想・レビューまとめ
以上、池田邦彦さんの漫画『国境のエミーリャ』感想・レビューでした。
基本的には暗めの雰囲気ながらも、多彩なアクション・表情を見せるエミーリャの「活劇感」が魅力の漫画。時折挟まれるユーモラスな表現にも面白みがあります。
そして巻を重ね、東西陣営それぞれの思惑が絡まり、深みを見せていく物語。果たして東京の高い壁が崩れ、エミーリャが笑顔になる日は訪れるのか?
ラストで彼女がどんな表情を見せるのか、楽しみです。
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